松山地方裁判所 昭和54年(行ク)1号 決定 1979年7月09日
申立人 小林実二 ほか六名
被申立人 愛媛県知事
代理人 麻田正勝 山本喬久 今井寿二郎 ほか六名
主文
一 申請人らの申請をいずれも却下する。
二 申請費用は、申請人らの負担とする。
理由
一 申請人らの申請の趣旨及び理由は、別紙(一)及び(二)記載のとおりであり、被申請人の答弁及び主張(意見)は、別紙(三)ないし(五)記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 中型まき網漁業(総トン数五トン以上四〇トン未満の船舶によりまき網を使用して行う漁業)を営もうとする者は、船舶ごとに都道府県知事の許可を受けなければならないと定める漁業法六六条一項に違反して、申請人らが、愛媛県知事の許可を受けないで、昭和五四年六月五日から同月一三日までの間に愛媛県海域で中型まき網漁業をしたこと、被申請人が、申請人らに対し、同月一八日聴聞手続を経た後、愛媛県漁業調整規則五一条に基づき、同月二〇日付で別紙(一)記載のとおりの各停泊命令(違反一回の者に対し、期間一八日、二回の者に対し、期間二八日、三回以上の者に対し、期間四〇日の停泊命令)を発したことは、当事者間に争いがない。
2 本件停泊命令までの経緯は、次のとおりであつた。
(一) <証拠略>によれば、次の事実が疎明される。
本件違反操業の対象となつた魚は、サゴシである。サゴシは、成長魚サワラの幼魚で、おおむね一キログラムの一年魚である。これが二年魚(サワラ)になると、体重三キログラムから四キログラムまで急成長を遂げる。サゴシもサワラも、瀬戸内海を回遊域とする回遊魚であるから、漁業資源確保の見地からは、サゴシ漁を制限し、より成長したサワラの漁を認める方が得策である。そこで、愛媛県においては、サゴシ漁の期間を毎年九月一日から一一月三〇日までに限定し、その漁法も流し網漁法という乱獲の危険のない漁法のみを認めている。ところで、申請人らは、広島県知事から昭和五四年六月一日から同年八月三一日まで中型まき網(サゴシきんちやく網)の漁業許可を受けて操業中、前記のとおり無許可で愛媛県海域で右漁をしたものであるが、きんちやく網漁業は、二そうの船が舫で結び出漁し、魚群を発見すると舫を解き、右側の船は左舷から、左側の船は右舷から網を投じ、左右に分れて共同で魚群を囲んで採る漁法である。この漁業は、瀬戸内海沿岸で操業する漁船漁業のうち最も規模が大きいもので、他の漁法に比べ、著しく漁獲高が多い。したがつて、サゴシきんちやく網漁業は、広島県においても、旧慣を考慮し、申請人らの住む走島の漁民にのみ許可を与えているものの、資源保護のため漸減方針をとつている。
(二) <証拠略>によれば、次の事実が疎明される。
サゴシ漁の最盛期は、毎年六月始めから七月下旬までの間である。申請人らは、昭和五四年六月五日から六月一三日までの間の無許可操業により検挙された。すなわち、六月五日に小林実二が、六月六日に小林実二、高橋松吉、三阪操及び高橋学の四名が、六月九日に小林実二、村上末広及び小林君春の三名が、六月一〇日に小林実二が、六月一三日に小林実二、村上末広及び村上隆三の三名が、無許可操業中のところを発見され、漁業法六六条一項違反として検挙されたものである。申請人らが検挙されたところは、新居浜市大島の沖合約一、六〇〇メートルから約五、〇〇〇メートルの海域で、申請人らがサゴシきんちやく網漁業の許可を受けている広島県海域(別紙図面の緑色で表示した部分)及び香川県の許可によつて入会が認められる香川県海域(別紙図面の赤斜線交差部分)をはずれ、許可を受けていない愛媛県海域に深く入りこんだところ(別紙図面の被疑漁船操業位置と表示したところ)である。
(三) <証拠略>によれば、次の事実が疎明される。
被申請人は、昭和五四年六月一四日、申請人ら各自に対し、同月一八日今治市旭町所在の県事務所水産課で前記漁業法違反の事実について聴聞会を開催する旨の告知書を郵便に付して発送した。同時に、被申請人は、走島漁協を通じ申請人ら各自にその旨の連絡をするよう広島県水産課久松取締係長に電話で依頼した。右電話を受信した久松係長は、直ちに、福山農林事務所池内利彌漁政係長に連絡し、池内係長は、走島漁協事務員村上利春に対し、申請人ら各自に前記聴聞会開催の件を連絡するよう依頼した。同月一八日の聴聞会には、申請人ら七名のうち、三阪操、高橋松吉、高橋学代理人高橋スミレ、小林君春、村上隆三代理人村上村一の五名が出席し、右五名の出席者は、いずれも違反操業の事実を認め、停泊命令の時期を遅くして貰いたい旨及び停泊港を走島港にして貰いたい旨要望した。小林実二及び村上末広の両名は、聴聞会に出頭せず、代理人も出席させなかつたうえ、弁明書も有利な証拠も提出しなかつた。
3 以下、行政事件訴訟法二五条所定の執行停止の要件の存否について検討する。
(一) 申請人らが昭和五四年六月二九日本件各停泊命令の取消しを求める行政訴訟を松山地方裁判所に提起したことは、当裁判所に顕著である。ところで、漁業法一三五条の二によれば、主務大臣又は都道府県知事が第二章から第四章まで(六五条一項の規定に基づく省令及び規則を含む。)の規定によつてした処分の取消しの訴えは、その処分についての異議申立て又は審査請求に対する決定又は裁決を経た後でなければ提起することができないことになつている。右本案訴訟の提起前に農林大臣に対する審査請求の手続を経ていないことは、申請人らの自認するところである。しかしながら、前記のとおり、本件停泊命令は、いずれもその始期を昭和五四年六月二五日とし、その終期を同年七月一二日、同年同月二四日又は同年八月三日とするものであるから、申請人らが右停泊命令につき農林大臣に対する審査請求の手続を経ていては、右命令に定められた停泊期間を過ぎてしまい、司法救済を受けることができなくなるおそれが大きい。したがつて、本件については、行政事件訴訟法八条二項二号所定の著しい損害を避けるため緊急の必要があるときに当るものとして、審査請求の手続を経ないで処分の取消しの訴えを提起することができるものと解するのが相当である。
(二) 本件停泊命令によつて申請人らに回復困難な損害が生じるか否かの点について判断する。
申請人らは、毎年六月上旬から七月下旬までの間は専らサゴシきんちやく網漁業に従事し、その収益によつて六月から九月までの生計を賄つているが、本件停泊命令によつて右漁業ができなくなると、収入の途がなくなり、右収益金によつて決済予定の手形は不渡りとなり、倒産することになると主張し、<証拠略>によれば、申請人らは毎年六月上旬から七月下旬までの間に専らサゴシきんちやく網漁業に従事し、その収益によつて六月から九月までの生計を賄つてきたこと、本件停泊命令発令の結果、申請人らにかなりの財産的影響が出ることは一応認められないではない。しかし、申請人らが本件停泊命令の結果支払不能の状態になつて倒産することになるとの点については、疎明が充分でない。すなわち、倒産の可能性を一応認定するためには、申請人ら各自の資産・負債の状態、資金繰りの状況等をある程度把握する必要があるが、その疎明が不充分で、前掲証拠だけで申請人ら主張の回復困難な損害発生の疎明があつたということはできない。
(三) のみならず、次のとおり本案について理由がないとみえる。
(1) 聴聞手続の瑕疵の有無について
申請人らは、聴聞会の通知書を申請人らが受領したのは昭和五四年六月一六日午前一一時ころから午後二時ころまでの間であり、通知書の発送日から聴聞会の期日までが四日、通知書の受領時から聴聞会の時期までが一日半しかなく、聴聞まで充分な準備期間が申請人らに与えられなかつたから、本件停泊命令は、正当な聴聞手続を経ないでなされた違法があると主張する。
聴聞は、行政処分を行うにあたつて処分の相手方に弁明の機会を与え、処分が適正に行われることを保障するための制度であるから、聴聞の期日は、その告知後相手方が弁明の準備をすることができる余裕のある期日を選ぶのが望ましい。ところで、停泊命令は、漁業に関する法令に違反した者に対し、将来の違反行為を防止するという行政目的のためになされるものであり、それにより、処分の相手方は、停泊命令の期間中当該漁船による操業ができなくなるという重大な影響を被る。したがつて、その聴聞の期日は、相当な余裕を置いて定めるべきである。しかるに、本件においては、前記のとおり通知書の発送日から聴聞会の期日まで四日、通知書の受領時の認定をさて置き、申請人ら主張のとおりとすると、通知書の受領時から聴聞会の時期まで一日半しかなかつた。しかしながら、前記2の疎明事実から明らかなように、本件では、次のような特別の事情があつた。すなわち、<1>サゴシ漁の最盛期は、毎年六月始めから七月下旬までの短期間である。<2>申請人らは、広島県知事からサゴシきんちやく網漁業の許可を受け、広島県海域と入会の認められる香川県海域とで右漁業に従事できるが、被申請人は、資源保護の見地上右漁業を許可しておらず、申請人らは、愛媛県海域で右漁業を営むことはできない。<3>しかるに、申請人らは、昭和五四年六月五日から同月一三日までの間相次いで愛媛県海域で前記漁業を営み、新居浜海上保安署に検挙された。申請人らの違反操業が相次いだのは、サゴシきんちやく網漁業が多いときは一網五〇〇万円の漁獲高がある(この点は、<証拠略>により疎明される。)ことによるものと推認される。<4>漁業法一三八条六号によると、六六条一項の規定に違反して漁業を営んだ者に対する罰則は、三年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金と定められているが、通常は罰金刑ですんでいることが当裁判所に顕著である。したがつて罰金覚悟で違反操業を続ける者が出ることが予想され、現に、短期間のうちに、小林実二は五回、村上末広が二回検挙されている。以上の諸事情を考慮すると、被申請人は、早急に聴聞手続を経て申請人らの将来における違反操業を防止する措置を講じて、資源の保護をはかる緊急の必要があつたものと考えられる。したがつて、本件においては、被申請人が聴聞の期日とその告知の間に前記の程度の期間しか置かなかつたとしても、聴聞手続に瑕疵があるものということはできない。
(2) 裁量の踰越と濫用の有無について
(ア) 比例原則違反の主張について
申請人らは、申請人らの本件違反操業により愛媛県漁民に現実的な損害を与えておらず、違反操業海域も、申請人らが操業を認められている海域から魚群を追ううちたまたま越境してしまつたもので、愛媛県海域に深く入り込んだわけのものではないのに、漁業資源の枯渇を防止するというのは名目だけで、申請人らの操業を妨害する意図のもとにサゴシきんちやく網漁業の最盛期を狙つて本件停泊命令処分がなされたものであり、比例原則に違反すると主張するが、すでに説示したところにより明らかなように、右主張は到底採用できない。
なお、申請人らは、本件では愛媛県新居浜市沢津港への停泊を命じられたため、当該漁船の管理が困難なため著しい損害を生じていると主張し、<証拠略>には、右主張にそう記載があるが、<証拠略>の記載に照らし、たやすく採用できず、他に右主張事実を疎明するに足りる証拠はない。
(イ) 平等原則違反の主張について
申請人らは、従来被申請人が漁業法令に違反した者に対して停泊命令を発するときは、漁の繁忙期を避けた時期にしていたのに、本件停泊命令は、漁業の最盛期になされたもので、平等原則に違反し、著しく不公平であると主張し、<証拠略>には、被申請人が停泊命令を漁の繁忙期を避けて出していた旨の記載があるが、<証拠略>の記載に照らし、たやすく採用できない。他にこの点を疎明するに足りる証拠はない。
以上の次第であるから、本件各停泊命令に裁量の踰越や濫用があるものと認められない。
4 よつて、申請人らの申請はいずれも却下し、申請費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡邊貢 岩谷憲一 松野勉)
別紙(一)ないし(五)及び別紙図面 <略>